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山口地方裁判所徳山支部 昭和53年(わ)183号 判決

主文

被告人を罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、下関市所在フアミリー商事株式会社の委託販売員として主として高麗人参濃縮液の訪問販売に従事していた者であるが、永隈節子または氏名不詳の女子(推定年齢二十代)と共謀のうえ、あるいは単独で、薬局開設者または医薬品販売業の許可を受けた者のいずれでもなく、かつ、法定の除外事由がないのに、別紙一覧表記載のとおり、昭和五三年二月一一日ころから同年七月二五日ころまでの間に、計八回にわたり、徳山市清水町二番二六号川口政子方ほか同市内において、同女ほか七名に対し、高麗人参濃縮液五〇〇グラム瓶入り計二五箱を高血圧、神経痛、肝臓、便秘等に効くと説明して代金計一三七万五、〇〇〇円(一箱金五万五、〇〇〇円)で販売し、もつて業として医薬品を販売したものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  まず、弁護人は、「昭和三五年法律第一四五号による改正前の薬事法第二条第四項第三号の医薬品の定義規定の末尾には『(食品を除く。)』との文言が附加されており、右改正に際し右文言が削除されたが、右削除によつて医薬品の定義が変動したものでないことは昭和三六年二月八日付厚生省薬務局長通知第四四号によつて明瞭であり、現行の同法第二条第一項の解釈としても医薬品中に食品が含まれないことは当然である。ところが、本件起訴の根拠となつた昭和四六年六月一日付同局長通知第四七六号は右改正の経緯に反して明らかに『食品』までも医薬品の対象と考えており(右通知の判定表によれば、『野菜、菓子、果物等、その外観、形状よりみて明らかに食品と認識されるもの』は除外されているものの、『通常の食生活において食品としても使用される物』として、ニンニク、ハチミツ、ベニハナ油、クロレラ、オリーブ油、ゴマ油等が明記され、常識的に食品の範ちゆうに属することが明らかなこれらの物についても医薬品的な効能、効果を標ぼうするか、形状及び用法、用量が医薬品的である場合は医薬品に該当するとして、限定を加えている。)、不当な拡張解釈といわざるを得ず、これに依拠することはできない(ちなみに、同局薬事課長の福岡県衛生部長に対する昭和四三年一一月一二日付回答は、『血管中のコレステロールを除く特性を最高に持つていますから、高血圧の予防に最適です。』と効能、効果を標ぼうしたカネミサラダオイルにつき医薬品に該当しない旨判断している)。現行薬事法第二条第一項の解釈としても当然に『食品を除く』ことを前提とすべきであり、効能、効果の標ぼう、形状及び用法、用量と医薬品の定義とは本質的に関係がないものといわざるを得ない。そもそも、高麗人参は、被子植物、双子葉類ウコギ科に属する多年草で、強壮効果があることは広く知られ、近年はガン、糖尿病等にも効果があることが認められているのであつて、古代からいわゆる食効製品として用いられ、薬事法の存在以前から食品の形をとつた伝承薬として定着しているものであり、右薬務局長通知の危惧するような弊害をもたらすおそれは全く存しない。巷間、各種の食品、特にいわゆる健康食品が実質的には効能、効果を標ぼう、宣伝しつつ販売されている実態に照しても、高麗人参を薬事法の規制の対象とすることは不当である。旨主張する。

なるほど、旧薬事法(昭和二三年法律第一九七号)第二条第四項の「医薬品」の定義規定中の第三号によれば、「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの(食品を除く。)」とあり、これをほぼ引継いだ形の現行薬事法第二条第一項第三号には「(食品を除く。)」との文言が削除されているが、この点に関する行政解釈がどうであれ、現行薬事法第二条第一項の解釈としては、第二号(人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物)、第三号(人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物)を通じて、その物の成分本質、形状(剤型、容器、包装、意匠等)、名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、販売の際の演述等を総合的に判断し、通常の判断能力を有する一般人の理解において、一見して食品と認識される果物、野菜、魚介類等は、医薬品に該当しないものの、その物が前記目的に使用されるものと認識され、あるいは薬効があると標ぼうされた場合には、通常の食生活において食品としても使用される物であつても、医薬品として薬事法の規制の対象になるものと解するのが相当である(東京高等昭和五三年一二月二五日判決、判例時報九二五号一二五頁参照。旧薬事法の前記『(食品を除く。)』との文言についても、その本文にある使用目的性を離れて存在しないのであり、使用目的性を無視して一義的に食品を医薬品から区別しようとする弁護人の解釈は到底採用できない)。けだし、薬事法は、医薬品、医薬部外品等が国民の保健衛生の維持、増進に極めて深いかかわり合いを有することから、これらすべての製造、販売、品質、管理、表示、広告等の諸事項を適正に規制し、もつて、国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活に資することを目的とするものであり、ある物が同法第二条第一項にいう「医薬品」に該当するかどうかは、右立法の趣旨、目的に照らし、通常人の理解において、合理的に判断されなければならず、もし前記のような使用目的の物が何らの規制もなくほしいままに製造、販売されるときはこれを不相当に使用、服用することによつて国民の多数の者に正しい医療を受ける機会を失わせ、その疾病を悪化させて生命、身体に危害を生じさせるおそれがあるからである。

証人中山秀雄の証言をまつまでもなく、高麗人参は朝鮮人参と同一に解され、古来漢方の伝承薬として一般人も薬効があると認識しているものであり、本件高麗人参濃縮液の成分、形状販売の際の演述等を総合して判断すると、薬事法第二条第一項第二号の医薬品に該当すると認めるのが相当であり、これが食品であることを主たる根拠として医薬品に当らないとする弁護人の主張は失当というべきである。

(二)  次に、弁護人は、「もし仮に医薬品の定義につき前記昭和四六年六月一日付薬務局長通知のような解釈を容認し、効能、効果を標ぼうすると効能、効果のない物や食品でも一律に医薬品になると解するのであれば、憲法第二一条第一項に違反する(物の効能、効果をありのままに宣伝、標ぼうすることは表現の自由の範ちゆうに属し、侵すことのできない永久の権利として憲法上保障されているのであるから、憲法違反のそしりを免れるためには最高裁昭和三五年一月二七日判決のように処罰の範囲を『人の健康に害を及ぼす虞のある行為』に限定せざるを得ないであろうが、かくては最高裁昭和四〇年七月一四日、同昭和五四年三月二二日各判決に抵触する)。また、右通知のような解釈を生み出す薬事法第二条第一項の規定はその概念が余りに不明確であつて、罪刑法定主義に背反し、憲法第三一条に違反する。」旨主張する。

思うに、前記のようにその物が必ずしも本来的に薬理作用上何らかの効能、効果を発揮するかどうかにかかわらず、薬効があると標ぼうされた場合には医薬品として薬事法の規制の対象になるものと解釈するときは、その限りで薬効の標ぼう行為が制約される結果になるとしても、右規制は、前記のような国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的とする薬事法の立法趣旨に照らし、たとえ何らの薬理作用を有するものでなくても、自由に製造、販売、授与されるときは、医学的知識の未熟な一般人による不相当な使用によつて、多数人の生命、身体に不測の危害を蒙らせるおそれのあることを否定し得ないことによるものであつて(証人中山秀雄も高麗人参について不相当な使用をすればそのようなおそれの絶無でないことを示唆している)、憲法第二一条第一項も絶対無制限の表現の自由を保障しているわけではなく、公共の福祉のため合理的な制限が存することを容認するものと考えるべきであるから、薬事法の右規制をもつて憲法に保障された表現の自由を侵すものとは到底いえず、このような解釈は弁護人引用の最高裁判決に抵触するものではない。

また、薬事法第二条第一項の「医薬品」の定義規定は幾分抽象的なきらいがないわけではないが、医薬品に該当するか否かについての基準は十分明示されているものというべきであり、犯罪構成要件の内容をなすものとしての明確性を欠き、憲法第三一条の保障する罪刑法定主義に違反するものとは到底認められない(東京地裁昭和五一年一一月二五日判決、判例時報八四四号一〇九頁参照)。

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して薬事法第八四条第五号、第二四条第一項(共犯者のある分についてはさらに刑法第六〇条)に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。なお、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させる。

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